キケロ

Descripción

私たちがタイトルページの言葉で「古代の古典」と言うとき、「古代」という言葉はある意味でかなりの違いをもってとらえられることを忘れてはならない。ギリシア・ローマ時代の作家はすべて、現代と比較して古代のものである。しかし、彼らの著作の古風な性格については、単に年代の違いだけではない違いがしばしばある。ホメロスやヘシオドスの詩は、作者たちが生きていた社会が比較的幼い頃に歌われ、書かれたものであるから、古代的である。ヘロドトスの年代記は、その主題と原始的な文体から古代的である。しかし、このような意味で、独自の文学を持つすべての国に古代の著者が存在する。この観点から見れば、トゥキュディデスの歴史も、キケロの書簡や演説も、まったく古代のものではない。ベデ、チョーサー、パリのマタイ、フロワサールなどは、はるかに古代の香りがする。私たちが聖書と呼ぶものを構成するいくつかの書物は、すべて古代であることは間違いないが、イスラエル王家の年代記と聖パウロの書簡の間にも、単なる数世紀の経過よりもはるかに広い現実の間隔がある。 

キケロの時代は、その複雑な政治的背景にもかかわらず、現代の読者にとっては、古代史と呼ばれるものの大半よりも興味深いものである。ちょっとやそっとのことでは、古代史の面影はほとんどない。場面も役者も現代的で、キリスト教の中世よりもはるかに現代的だ。たとえば、プランタジネット家とジョルジュ家の時代には、カエサルとナポレオンの領事時代よりもはるかに大きな隔たりがある。キケロの時代のローマ人の生活習慣、考え方、家族愛、嗜好は、多くの点でわれわれのそれと見事に似ていた。政治的な嫉妬や対立は、ヨーロッパのここ2、3世紀の間に何度も繰り返されてきた。彼らの最も恐ろしい悪徳が、異教の独占的な恥であったとしても、感謝しよう。 

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